地域経営の理想は「江戸時代」にある? 制度の限界を突破する“運動体”の可能性【まちの見本帖座談会・前編】

『まちの見本帖』を制作するにあたり、私たちは全国で活動する6事業者を取材し、分析を行ってきました。その地域の価値を創造する精力的な取り組みから多くの気付きと学びを得ながら、時に編集部の中で議論として浮上したのは「民間主体の地域経営は実現されるのか?」という問いでした。行政と民間企業、それぞれのできることが異なる中で、時代の流れの中でその役割も見直されるべきなのかもしれません。
この問いについて改めて考えるべく、今回はイベント「まちの見本市」開催当日のBONUS TRACKに、官民それぞれの立場でまちに向き合う5人の専門家に集まってもらいました。完成したばかりの『まちの見本帖』を手に取りながら、さらに議論を深めた当日の模様を、前後編の2本立てでお届けします。
お集まりいただいたのは、元北本市役所職員でさまざまな官民連携プロジェクトを手掛ける合同会社LOCUS BRiDGE 共同代表の林博司さん。日建設計に勤め、同社の共創の場PYNT(ピント)の企画・運営も担当する柄澤薫冬さん。福島県郡山市を拠点に、デザインを通じてまちづくりに参画するヘルベチカデザイン代表の佐藤哲也さん。不動産を中心としたファイナンスに精通する、あゆみリアルティーサービス代表の田中歩さん。そして、まちの見本帖発行人で、omusubi不動産代表の殿塚建吾です。モデレーターはまちの見本帖で編集を担当したYOU INC.の柳瀨武彦が務めました。
均質化する都市、硬直化した行政制度、そして「首長ガチャ」への依存……。山積する課題を前に、彼らが導き出したキーワードは、意外にも「江戸時代の自治」、そして「理念を掲げた運動体」でした。

全国取材で浮かび上がった仮説
殿塚:『まちの見本帖』では創造的なまちづくりを担う全国の6事業者を取材しましたが、6事業者によるまちづくりにはいくつかの共通点がありました。「おもしろい」と「このままではまずい」という二つのエンジンを持つ人が始めていること。「場所」と「機会」が役割を生んでいること。そして、なんらかの「媒介」でつながり、広がっていることです。
どの事業者も地域に対して良いことをしているので、周囲からの期待が大きくなっていく。その結果、運営母体の規模とのミスマッチが起きて、持続的な地域経営が難しくなっていっているように映りました。
仮説として、解決策には大きく二つの方向性があるだろうと考えました。一つは、その一社が事業体として大きくなっていく方向性。もう一つは、複数の個人や法人が共創する「運動体」をつくるという方向性です。おそらくはどちらか片方というより、その両方のような気がしています。
前者については各事業者の判断でやればいいですが、後者についてはみんなで検討できる余地があると考えています。今回はそんなこともお話しできたらいいなと思っています。
地域経営とは「価値を創造し続ける行為」
殿塚:議論の前提として、地域経営とは何かを定めないといけないと思い、「地域価値が持続的かつ全体最適が図られるようにマネジメントする行為のこと」と定義づけてみました。ここでいう「地域価値」とは、地域の資本、自然、文化、金融、不動産。そして何より人のことです。
そして地域経営は本来は行政の役割かもしれませんが、行政には今、価値を創造するような”経営”が不在なのではないかと思ったのです。行政がやっている行為はあくまで管理行為ではないかと。
つまり、価値を創造するということがなんらかの事情でできていない。一方で業を煮やしてというか、それを自主的に行う企業や個人が各地に出てきています。そういう企業や個人が地域の経営を担うことで、住民の幸福度は上がるのではないかと思ったわけです。
何をもって実現とするのかを定義するのは難しいですが、少なくとも到達したい地点は、企業や個人が無理なく持続できるかたちで地域経営の一端を担うことができ、公的な価値創造に取り組める状態をつくること、としました。
地域によっては行政が協力的なケースもあります。おそらくomusubi不動産の拠点である松戸市さんはある程度、協力関係が築けていて、一定程度うまくいっている気がしています。ですが、それはたまたま担当者の人が良くて成り立っている側面も強いと思うんです。いわばトリッキーな形で成立しているのであって、王道ではない。
鯖江に行ったときにも同じことを感じました。TSUGIの新山くん(TSUGI代表の新山直広さん)たちの活動は素晴らしいものとして評価されていますが、それを成立させるための予算組みは、少し複雑に設計されている。つまり、何か迂回しなければ成り立たないようになっているんです。いいことをやっているのにまっすぐ応援できる制度がないというのは、やはり変だろうと思うんです。
また、そもそも資本主義は短期間で利益を最大化しなければならない仕組みになっています。その中でどうやって中長期的な価値を創造していくのか。どうやって短距離走を長距離走に切り替えるのか。難しいお題ですが、こうしたことを念頭に置いて皆さんとお話ししていきたいと思っています。

なぜ、王道の地域経営は成立しにくいのか
── 全国には、再現性のある正当なやり方でうまくいっている例もあるのでしょうか?
殿塚:いや、ないと思いますね。たまたまそう見えることはあっても、多くの場合はなんらかのトリッキーなやり方で成立しているんだと思います。あるとしたらそれはすごく小さなまちで、行政も民間も一蓮托生のようになっているケースでしょう。
田中:静岡駅から少し行ったところにある人宿町では、建築会社が主導して、自治的にまちづくりをやっている例がありますね。駅前はいわゆるナショナルチェーンばかりなんだけど、ここだけが独特のまちになっている。もともとは閑散とした通りだったところで、建築会社が物件を複数買い、商売をしている人たちをどんどん集めているんです。実際に遊びに行ってみて、これはおもしろいなと思いました。小さいエリアではそうやってポツポツと意識のある方が出てきていますよね。

殿塚:千葉のユーカリが丘では、山万さんというデベロッパーがそのエリアだけをひたすら開発している例もあります。古くなったかつてのニュータウンを買い取って、リノベーションして若いファミリーに提供している。駅前には小さな高齢者向けのマンションをつくって、もともと住んでいた人たちはそちらに引っ越してもらって。彼らがおもしろいのはそれで終わらないところで、野菜の配達業務などを通じて移り住んだ人たちの御用聞きをずっと続けているんです。
すごいことだと思います。ですがそれもトリッキーというか、たまたまそういう会社がやっているだけ。もうちょっと王道のやり方はないものかというのが思うところです。
行政組織「管理」と「経営」の両立という難題
林:現状、行政が管理しかしておらず、新たな価値創造をするに至っていないというご指摘はおっしゃる通りだと思います。本来であれば、自治体(役所)こそが地域を経営する存在なんですよ。そのことは、地方議員になるのに住所要件があっても、首長(市町村長)にはないことにも表れています。自治体のトップに特に求められているのは経営能力であって、必ずしも地域の人である必要はない。地域を代表するのは議員の役目です。地域はその両輪で回るものということになっています。
けれども実際には、そのまちに住んでいて地盤がないことには首長選挙にはほとんど通りません。経営能力があるかは一番の指標にはなりづらい。経営能力の高い人たちからすると、政治の世界はむしろ入りたくもない世界観になってしまっている。というわけで事実上、民間が地域経営をやるしかなくなっているのが現状だと思います。
ただ、全国には経営的な視点を持っている首長もいます。実際に行われている経営の是非は一旦置いておいて、たとえば茨城の境町などは、首長の強いリーダーシップの下、ふるさと納税で年間約100億円集めて、それを元手にどんどん工場整備等に投資をして、回収して、ということをやっています。

田中:千葉県の流山市なんかもおもしろいですよね。良し悪しはあるにしても、あれだけ開発を進めて人を集めるとか、子育て政策を推進するとか、私の住んでいる松戸からすると、先んじてうまくやられたなという印象です。
林:流山は全国の自治体でもいち早くマーケティングに力を入れたことで知られています。専門家を連れてきてどう見せていくのかを突き詰めた。これも首長による判断です。
殿塚:ただ、それはそれでトップの人の影響力頼みという感じもしますよね。「首長ガチャ」に当たるのを待つしかない、とでもいいますか。
うまくいっていたのは江戸時代だけ?
── 現状がそうだとして、過去にはうまくいっていた時期はあるんでしょうか。
佐藤:江戸時代くらいじゃないですか。
一堂:江戸時代!
田中:戦後復興なんかもそうじゃないですか? 一気呵成にやって、日本全体がグーっと伸びた。
林:あれはどちらかというと国のトップダウンでなんとか盛り返したという理解が正しいと思います。その後の高度経済成長期も、とにかく道路や上下水道などのインフラと公共施設さえ造っておけば人が増えてうまくいった。ですから、個別の地域に合わせた自治体による経営がなくても困らなかった。それこそ江戸時代くらいまで遡らないと。佐藤さんのおっしゃるように、江戸時代には「薩摩藩はこう」「長州藩はこう」というように、それぞれで経営の仕方が全然違ったでしょうから。そう考えると、江戸に戻っていくみたいな考え方がいいのかもしれないですね。人口も2100年には江戸末期の人口程度まで減ることが見込まれています。
── 「江戸に戻る」とはどういうことですか。
田中:それぞれの地域で文化や歴史がすべて違うのだから、それに合った形で経営するということでしょう。その土地ならではの良さをどうやって引き出し、再生産していくかが大事、ということですよね。
佐藤:観光だってそれがあるから成り立つものですからね。
田中:現状は江戸時代には程遠いですよ。僕は全国あちこちへスキーやキャンプに行くんですけど、行く先々で「ここもイオン?」「全部同じじゃん!」って悲しい気持ちになりますから。
佐藤:均質化するとコスパがいいんですよね。経済合理性を最大化しようとすると自然とそうなる。でも、それを突き詰めれば突き詰めるほど個性が失われていってしまうという問題があります。

殿塚:生活を支える必要最低限の機能が不足していたときはそのやり方で良かったんだと思います。でも、機能が行き渡った今は、逆に個性が求められている。それなのに依然として制度や構造は機能を追求するためのものだから、それが足枷となって新たな価値創造を阻んでいるような気がします。
住民自らが主体となる公共性
── 行政が地域の価値を守り、育むことが難しいのは構造的な理由があるということですね。
殿塚:僕が松戸でまちづくりに関わらせてもらったとき、商店街の会長をやっている豪快なおじさんとお付き合いがあって。もう亡くなってしまったんですが、その方は生前、市役所のことを「あいつらは明治政府だから」と言ってました。「俺たちは江戸時代からここにいる。そこにあとからやってきて偉そうなことを言っているのがあいつらだ。本来は俺たちの言うことを聞くべき立場にあるのに、主従関係が逆だぞ」みたいなことをずっと訴えていたんです。
言葉はきついですが、でもおっしゃっていた意味はよくわかります。これはマインドセットの話なんですよね。地域のことをやるのは本来、自分たち自身。行政というのは、自分たちがどうしても手が回らないところだけ、税金を払って手伝ってもらう人たちなんだ、と言っていたのでしょう。行政にできる・できない以前に、住民一人ひとりがそういうマインドセットを持つことは大切だと思いますね。
柄澤:電気水道などのインフラはこれまで、日本中どこにいても行政が整備してくれるものでしたけど、今後人口が減っていく中では、まちとしての領域をある程度限らないといけなくなります。そうするとその外側にいる人たちのことは誰がやってくれるのか。おそらく住民が自ら主体的に直していかないといけないですよね。公共的なところを民間側がいかに回収できるかが問われている気がします。
その意味では、『まちの見本帖』に出てくるHAGISOさんは谷根千あたり、TSUGIさんは鯖江あたりを主な領域として活動していますが、それといわゆる都市計画的に言ったところの「まち(=行政区域)」とは一致していないんですよね。ある企業や共同体が見ている「まち」と、行政の括りとしての「まち」がまったく違う。そのすり合わせができていないのが一番の課題なんじゃないかなって。

── 自治体単位の従来の枠組みでは広域にまたがる課題を解決できなくなっている、というご指摘ですね。
殿塚:TSUGIさんに取材に行ったときにおもしろい話を聞いたんです。彼らは自分たちの領域を「越前鯖江」みたいな広域で捉えていて、行政区分としては三つの市町村からなっている。でも、この三市町村の住民は歴史的に仲が良くなかったらしいんですよ。それでもなんとか一緒のプログラムをやる中で、みんなで握手する写真を撮った。そうしたらそれがきっかけになって仲が良くなったというんです。それを見て泣いて喜ぶおばあちゃんもいたそうで、なんだかボブ・マーリーみたいな話だなと思いました。民間がやるからこそ、そういう突破が成り立ったりもするんですよね。
佐藤:やっぱり理想は江戸時代だなって思いました。今はおよそ住民50人に対して1人の公務員がいる割合ですが、江戸時代は今と比べて圧倒的に公務員の数が少なかったそうです。社会の構造や環境が違いすぎるので一概には言えないですが、江戸時代は行政では手が足りない部分は多くあって、そこは相応の権力を持った民間の人がやっていた。長屋の平和は民間の自治によって守られていたんです。
ただ、江戸時代がそれで成り立っていたのは「俺がここを守っているんだ」という覚悟を持った人がたくさんいたからで。今はそういう覚悟を持てない人が多いから……。
田中:いきなり「自分でやれ」と言われたらどうしていいかわからない人が多いんじゃないかな。行政サービスにやってもらうことが当たり前で育ってきているから。自分も含めて、ですけど。

理念を核とした「運動体」が、まちを動かす
── そのような現状にある中で、民間主体の地域経営を成立させるためには、まず何から始めればいいでしょうか。
殿塚:「みんなでまちづくりを」と言うと、なんとかプラットフォームとかなんとか協議会というような枠組みをつくることから始まることが多いですけど、それでは地盤ありきの選挙と何も変わらないですよね。だからそうしないことがすごく大事。これが大前提だと思っています。
その上で、中心に理念を置くというのがやはり重要ではないかと。「私たちのまちはこういうまちである」という文脈や理念や誇り。本当にいいものなのであれば、こういうものは首長が変わってもある程度継続されていくものだと思うので。逆にそれがないと、首長の判断次第で右に左にと容易にブレてしまう。理念をつくるのは難しいことかもしれないですが、すごく大事だと思います。
柄澤:複数の人が同時進行で進む「運動体」であること。それでいて中心に理念があるという状態がいいと僕も思います。一人でガーっと進めるときの推進力は確かに強い。特定の企業が独裁的にやっていくというやり方もあるとは思うんですが、それだけだとまちは続かない。たとえばホテルをやっていたとして、観光がダメになったらそれで終わってしまいますから。
いろいろな主体者が「僕はお店をやってみよう」「僕は居酒屋を」となるのが、まちというものなんだろうなと。とはいえ、みんながバラバラにやっていては一つのまちになっていかないので、中心に理念を置くということになるんだろうと思います。
殿塚:昨日暇と梅爺の後藤大輝さんと話したときに、まさにこの話になったんです。地域の理念をつくりたいと思ってやったのだけれど、合意形成と意思決定は誰が行うのかというところにぶち当たり、難しいと言ってました。Aを立てればBが立たない。Bを立てればAが立たない。それをどうしていいかわからず、悩んでいるって。
逆にTSUGIの新山さんなんかは、割と大胆にビジョンを打ち出していますよね。始まりとしてはそれでいいんだと僕も思います。民間の場合は行政と違って「これは僕が勝手にやっていることだから」と言えますから。そうすると共感した人が集まってくる。問題は次のフェーズに行くときですよね。公共性を帯びていくとそれだけでは難しくなる。その中でどう理念を定め、合意していくのかというのがすごく大事な気がします。
柄澤:踊り場のようなものが大事なんじゃないですか。
僕が勤める日建設計では普段、地域の社会起業家との共創プログラム「FUTURE LENS」を始めたのですが、投資される側の地域の企業は、自分たちのまちで生きるのが精一杯だから「外の人が来て大きく展開するようなことはまったく求めてない」みたいに言うんです。でも、やっていることが尊いからこそ、「さらに発展していくべきだし、全国に伝えていくべきだ」とこちらは思ってしまう。そこにギャップがあります。
その中で合意するには、地域の企業も大企業を理解する必要がありますし、逆に大企業側も理解してもらうための接点づくりが必要。泥臭く「とりあえず飲み会に行く」のもその一つでしょうし。これはおそらくまちでも同じですよね。

── 理念というのはある程度尖ったものでなければ機能しないものだと思うんですが、そうなると中には共感できない人も出てきますよね。そういう人はどうすればいいですか。企業であれば転職という選択肢がありますが、住民に対して「共感できないなら引っ越せ」というのは乱暴すぎますよね。
田中:だから無理に理念をつくってはいけない気がするんですよね。僕が「運動体」という言葉をいいなと思ったのは、それぞれで理念が微妙に違っていいと思うから。全体主義じゃないんだから、複数の理念が共存していていいと思っているんです。その中からたまたま一つが盛り上がって注目を集めることはあるかもしれないけど、それもある程度達成されたら次のものに移っていいわけだから。
「この地域を経営するための理念はこれだ!」と掲げないといけないという話ではないんだと思う。ついつい昔のやり方で、まずゴールを決めて、そこからの逆算で考えがちですけど、興味の赴くままにいろいろなところに出たり入ったりする方がこれからは適切な気がします。もはや「これだ!」という正解はないわけですから。
林:僕も理念を一つにするのは危ないと思っています。それだとむしろ、首長が変わるたびに培ってきた理念と真逆に行くことにもなったりする。基本的に選挙で勝つには、今までのやり方を否定する必要がある。一つの理念を掲げてしまうと、どれだけいいものであってもひっくり返されてしまうということが起こり得る。
なので、そういうものがまちの中でじわじわっと育まれていくのがいいなと思います。行政として掲げるのは「全体観として、なんとなくこんなまち」くらいにしておかないと、怖さがあるなと。まさに「運動体」として動いている状態をまちの中につくれているのが理想で、行政としては、そういういろいろな動きをサポートする役割に徹した方がいいんじゃないですか。
いろいろな理念を持った人が、地域の中でいろいろなことをやる。その構造自体は同じでも、例えば東京の渋谷と埼玉の北本、あるいは千葉の松戸では、結果として生まれる集合体の持つ動きや雰囲気はそれぞれ違ったものになるでしょうし。
後編へつづく
<鼎談者プロフィール>
林博司さん:
大学在籍時、元総務大臣である片山善博氏のもとで地方自治を学び、2010年に埼玉県北本市役所へ入庁。情報政策、広報、財政、企画、シティプロモーション、ふるさと納税分野で実績を重ね、地方自治研究賞最優秀賞、地方公務員アワードなどを受賞。2022年に退職・独立。現在はパブリシンク株式会社代表取締役・合同会社LOCUS BRiDGE共同代表として、自治体支援に取り組んでいる。
柄澤薫冬さん:
株式会社日建設計 都市・社会基盤部門・イノベーションデザインセンター。2016年東京大学大学院都市工学専攻修了。都市計画、官民連携、歴史まちづくりなどに携わりつつ、日建設計の共創プラットフォーム「PYNT」の運営を行う。プライベートでは2018年より東京都文京区の築古ビルをセルフリノベーションし、地域に暮らしながら「ブランと集まるまちのかど bunkyoblanc」を営んでいる。
佐藤哲也さん:
福島県須賀川市出身。2011年に郡山市で Helvetica Design を設立し、被災した生産者と商品開発やブランディングに取り組む。2018年に一般社団法人ブルーバードを立ち上げ、地域の学びと交流の場を創出。2021年には郡山市初の都市再生推進法人として公共空間の活用を推進。2022年に「D&DEPARTMENT FUKUSHIMA by KORIYAMA CITY」を開業。著書に『おもしろい地域にはおもしろいデザイナーがいる』(学芸出版)。
田中歩さん:
1991年三菱信託銀行入社。CRE戦略・相続不動産戦略・不動産売買仲介・ファイナンス業務に17年間従事。その後、総合不動産コンサルティング会社「あゆみリアルティーサービス」を起業。相続、事業承継、不動産投資、ALM助言、不動産売買仲介業務を展開。未上場企業や地主に対する顧問業務も受託。現在、早稲田大学大学院博士課程後期にて不動産リターンアルゴリズムを研究中。
殿塚建吾:
千葉県松戸市出身。震災後、地元・松戸に戻りまちづくりプロジェクト「MADCity」のメンバーとして活動。2014年「omusubi不動産」を設立。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」などを運営するなど、多数の空き家を再生し運営。2018年より松戸市にて国際芸術祭「科学と芸術の丘」を開催。2020年4月に下北沢BONUS TRACKに参画。DIY可能物件の管理戸数は日本一。
執筆:鈴木 陸夫 編集:YOU INC.